- July 14, 2010 2:22 AM
- Life
そしてようやく気付くのです。今抱えている悩みや、改善したいと思う所など、結局はいつまでも解決することないんやと。それらと付き合っていこう、お友達になろうとしない限り、自分の良さなどというものは何処までいっても生まれへんのやと。
昔、祖父が「仕事とは汗をかいた分だけお金を頂けるものや」と言った。父は、僕がデータ分析やマーケティングにつながる分野を大学で学んでいることを「情報を右から左へ動かして利益を得ているんやな」と表したらしい。土建屋で、自営業で、身体を動かした分だけがお金になるというのが染みついている家庭で、僕は育ったと言っても良い。
そこでファッションやら、ブランドやら、目に見えない、みんなが何となく秩序付けているものでお金を生んでいるってすごい、と思うようになった。これは明らかに反抗心やと今になって思う。固執しているんや。僕はどんな環境で育ち、どんな所に憤りを覚え、何であれば課せられた宿題を違うやり方で解いてみせられるのか。決められたレールが無かったからこそ、自分で自分の中にレールを無理矢理設置しようとしているんやろう。
自分の出自に何らかの基礎を持つこと。こだわりの拠点が目に見えて分かるという意味で良いのか。下手に自分へ縛りを設け、視野を狭めているという意味では悪いのか。分からん。
「あーあ、こうやって、チェーンの居酒屋で神の河飲んでさ。何かよく分からんけど、他の席に居る人もそれなりに楽しそうやし。もっと良い酒を、おねえちゃんでも隣に座らせて飲めたら良いけど、そういうのを望めば、ガールズバーとかもあるし、今でも適度に叶うもんな。ええい、今日は無礼講や、いくらでも酒持ってこい、みたいなのがカッコ良かったんならそうしたいとも思ったやろうけど。今それやっても微妙やもんな。週末くらいは外で飲んで、普段は腹が出ーへんように適度にカロリーとか気にして、さして盛り上がらへんけど何となくやれてる今って、もしかして悪くないんかもなぁ。」
うーん、こういう感じこそ、本来ロハスと表現すべきやと思う。

ディスプレイが割れて、修理に出して、戻ってきて、ブログを書きました。
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